昨日を懐かしむように、一瞬を慈しむように――三上小又『ゆゆ式』感想

 三上小又作、2009年より芳文社にて刊行。掲載誌はまんがタイムきららなど。
 いかに時間の流れを堰き止めるかが重要な作品は多い。いわゆるサザエさん時空というやつで、商業的な要請の側面が大きいとはいえ、読者、視聴者もまた、しばしばそれを望んでいる。好きな作品にできるだけ長く続いてほしい、その世界にずっと浸っていたいと思うのはごく自然な感情だろう。なかでも「ほのぼの」と形容されるような作品は、そのような双方の願望がかなり高い確率で一致するように思う。時間の経過など生きる悲しみの最たるもので、優しいファンタジーを求める僕のような読者からすると、物語の進展は、つまり時間の経過はあまり好ましいものではない。日常を永遠のうちにとどめおいて欲しいのである。
 きらら系マンガと聞くと、美少女たちの幸福な日常コメディのイメージが浮かぶ。しかしそのような、現実に疲弊したオタクたちを癒す優しいファンタジーの印象とは裏腹に、きららの作品はサザエさん時空を採用しないことになっているらしい。小耳に挟んだ程度の情報だからそれが本当のことかどうかはわからないのだけれど、確かに『けいおん!』はじめ多くの作品において、進級と卒業は作品の節目になっているようだ(僕はきらら系作品をそこまでたくさん見たことはないので自信はない)。ゆゆ式もまたきらら系マンガの典型で、海や雪といった季節のイベントを差し挟みながら日々の何ということもない対話を続けてゆく4コマ漫画である。ただしこの作品の場合、物語の結末を導くためであったり、あるいはスパイスのようなものとして進級や卒業が存在するというよりは、むしろ作品全体の主題として時の流れを扱っているように思う。「いずれ過去になる今」が、きらら的な記号性を守りつつしかし繊細に描かれている、そのことこそがゆゆ式ゆゆ式たらしめる。

 残りは今週末に書き加えたい。中途半端ではあるけれど、書いたところまでで一区切りして今日は寝る。どうしても今日アップしたかったんだ。