トム・ウェッセルマン「浴槽コラージュ#2」に関して

 

 トム・ウェッセルマンの「浴槽コラージュ#2」は1960年代当時の若い女性の水浴を題材とした、半立体絵画ともいうべき作品である。縦122.0cm、横185.5cm、厚さ16.5cmの板の上で、油彩とコラージュの手法が組み合わされている(*1)。

 大量生産のカラフルな家具や小物に彩られた浴室で水浴を楽しむ女性の姿がこの作品の中心的なモチーフである。片手に受話器を持って、電話の向こうの誰かと楽しそうに話しているのだが、彼女は広告から切り取られてきたような写真の切り抜きにすぎず、観るものにどこか空虚な印象を与えている。

 作品は二つの画面に分割できる。右側の三分の一程は浴槽の外の風景で、既製品の利用が顕著である。水色の壁の右上では赤い窓枠と黄色いシェードが幾何の図形のような、無機質な長方形の組み合わせで表現されており、きわめて平面的だ。一方壁の下半分では、縦長の青い木板が並べて張り付けられている。並んだ板の一部はトイレの貯水槽の形に切り取られて、その部分は白く塗られている。つまり貯水槽は壁の中に埋まったように描かれることとなるわけだが、そののっぺりした平面の上には銀色のレバーと、少し縮小された便座の模型が取り付けられている。その下に便器もあるはずだが画面はここで途切れる。便座は上げられており、横から見ると橙色のカバーまでついていることがわかる。この左側に実物のトイレットペーパーが設置される。右画面の左上には薄紫のプラスチックの棚が取り付けられ、そこにところ狭しと化粧品や洗面道具が積まれていて、棚の上に赤、青、紫、緑といった様々な色が氾濫する。棚の下には小さく「Wesselmann 63」とサインされている。

 右側に比べると、左側の画面は平坦だ。紫色のタイル張りの壁が油彩で描かれ、そこに取り付けてある白いタオル掛けには赤いタオルが掛かっている。ピンク色の浴槽と、その外から伸びる電話のコードは手描きで描かれる。電話を使って楽しそうに話しているのは泡風呂に浸かる若い女性なのだが、彼女は手書きではなく切り貼りされた写真である。おそらく入浴用品の広告のようなものから切り取ってきたものであろう。右手に受話器を、左手には石けんを持っている。石けんは壁の置き場からとったものらしい。この置き場は実際に板をくりぬいた上でプラスチックの既製品をはめ込まれている。またこの画面の上には、カーテンレールとして金属の棒が渡され、橙色でつやのあるビニールカーテンが掛かっている。カーテンは作品の中央で、浴槽にもたれて半ば横たわるような姿勢になった女性の膝から下を隠すようにまとめられている。

 「浴槽コラージュ#2」の特徴は、第一にその明快なメッセージ性にある。大量生産された商品の実物が作品を覆い、主役であるはずの女性までもが、量産され消費されるイメージの形で表現されている。画一化されたアメリカの大量消費社会を揶揄するような意図があったことは明らかであろう。ただ、この作品を観るうえでは、「既製品」「写真」などの素材に託されたコンセプトのほかに、平面と立体が組み合わさった「モノ」としての特徴にも目を向けた方が面白い。

 レディメイドのコンセプトを一度脇に置いたとき見えてくる特徴は、化粧品やトイレのような人物以外のものたちの立体感と、人物の平面性の対比にあると言ってよい。従来の絵画では脇役であったものが前面にせり出して存在を主張し、水浴の主役たる浴槽と女性は平面的だ。一見すると西洋絵画の伝統的モチーフである「水浴」を利用した、西洋絵画への批判のようにも見えるが、このことからはむしろ、西洋絵画の伝統を肯定的に踏襲し、継承しようとするウェッセルマンの意思をうかがうことができる。確かに転倒はしている。技巧を尽くして美しく女性の水浴を描くわけではなく、大量生産された日用品の方が作品の中で存在感を放っている。しかしその反逆は、西洋絵画からの脱出を目指すようなものではなく、あくまでも伝統的な西洋絵画の空間を現代的にアレンジして提示しようとしたことの結果なのではないか。「水浴」というモチーフの中心となる浴槽周辺、すなわち作品の左側の画面が平面的なのはその現れであるように思われる。この部分を今までとは違った形で提示するための手段として、その周囲のものを立体にしたと考えるのは決して不自然な推測ではない。あるインタビューにおいてウェッセルマンはこう言っている。

 「作品をよりエキサイティングなものにするため、たくさんの方法を試みてきました。二次元から三次元の作品へ、コラージュからアッサンブラージュへと方法が移って行くようですが、あくまで二次元を強調し、作品をよりわくわくさせるための手段にすぎません。(*2)」

 ウェッセルマンが目指したのはあくまで二次元の表現を拡大することであった。「浴槽コラージュ#2」もまた、西洋絵画に継承されてきた「水浴」あるいは「裸体」というモチーフを二次元の表現の範囲内で再解釈する試みである。そのキッチュな見た目が与える新奇な感覚とは裏腹に、伝統的な西洋絵画の系譜に連なる作品としてとらえるべきではなかろうか。

 

 

参考文献

1. 東京都現代美術館編(1995)『東京都現代美術館収蔵作品選1995』p.162 東京都現代美術館.

2. 講談社編(1993)『現代美術第17巻 ウェッセルマン』p.79 講談社.